y2q_actionman についての tumblr

~ 水曜日, 9月 17 ~
固定リンク

Shiro(2014/09/09 23:58:30 UTC):

quoteとは何か、というのは実はLispのアイデンティティの 根幹に関わってくる話で、誰か有名なCLerも quoteがわかったとき始めてLispが何かわかった、みたいなことを言ってたような。 普通の言語として見た場合、リストをquoteするよりも、むしろリストコンストラクタ構文を用意するのが 自然なんですね。例えば {} をリストコンストラクタとすれば、

(define a {1 2 3})  => (1 2 3)
(define b {4 a 5})  => (4 (1 2 3) 5)  ; {}はコンストラクタ呼び出しなので中も評価される

もちろん一歩進めて、リストの表記が(1 2 3)なんだからコンストラクタも()にしたらいいじゃん、 と議論してもいいんですが(例えばHaskellなら表記もコンストラクタも[]ですね)、 そうすると構文に使う()とぶつかってしまいます。

つまり、「他の言語」でリスト表記とリストコンストラクタを同じに出来るのは、 言語の構成要素としての構文、いわゆる「コード部分」がリストじゃないからなんです。

逆に、LispがLispたる所以は、コード部分がリストであること、なんですね。

コードもデータもリストで、ただし住む世界が違う。そして、マクロやevalや言語処理系は、 コードvsデータ、という関係を一段ずらして、普通の「コード」の部分を「データ」に持ってきたり、 「データ」部分を「コード」にしたりする。

コード(program)とデータの関係を例えば⋉と書くと、コードを扱うコード、metaprogramと元の プログラムの間にも同じ関係が成り立ちます。

                   program ⋉ data
    metaprogram ⋉ program

この「同じ関係」が決定的に重要で、これによってプログラムを解釈するプログラムを解釈するプログラム… というふうに上の方向にも、またデータをプログラムとして見たときにそれが解釈するデータをプログラムとして見たときにそれが解釈するデータ… というふうに下の方向にもいくらでも積み重ねてゆけます。

   ... ⋉ a ⋉ b ⋉ c ⋉ d ⋉ ...

こういった無限に続く関係性が、一つの ⋉ という有限な関係で表現できる、というところが Lispの原点であり、quoteはこの関係の左右、異なる世界の住人を一緒の場所に 表記するための決定的な構文なのです。


~ 火曜日, 9月 16 ~
固定リンク
「理想主義の頑固者」は反証できないけど、「こっちが便利だ」って言っている「実用主義の頑固者」は、「こっちのほうが便利だ」とか、「そっちだとこういう問題があるんだぜ」って言うと納得してくれると。

~ 木曜日, 9月 4 ~
固定リンク
知人で、すごくダメな男性がいるんです。
独身で50代前半なんですけど、でも、すごくモテるんです。
いや、正確に言うと「モテる」というよりも、女性にすごく積極的にアプローチをするから、結局、女性の方が折れてしまって、何かとデートとかセックスとかをしているんです。
ちなみに何度も言いますが、ほんと、「ダメなタイプ」なんです。まあオシャレな職種ではあるのですが、そんなに仕事熱心というわけでもなく、サラリーマンなんで結構適当に休んだりしているし、無精ヒゲを生やしていて、まあダラシナサそうな印象もあるんです。
ちょっと違うのですが、まあ「リリー・フランキー」と同じ路線と想像していただければわかりやすいと思います。
例えば、僕たち、一般的な男性が「あの人良いなあ、好みだなあ」と思ったら、「彼氏いるのかどうか」とか「趣味は何なのか」とかちょっとリサーチして、その後、もう緊張しまくって、「今度、お食事でもどうですか?」って誘いますよね。
その「ダメな男性」は全然違うんです。パッとかわいい女の子を見つけたら、「うわー、可愛いなあ。こんど、ご飯に行こうよ。何が好き? お寿司?」とかってその場で軽く言っちゃうんです。
それも結構みんなが「あの人はちょっと美人過ぎるし、声かけるのも大変でしょ」って感じの、いわゆる「かなり良い女」に、そのやり方でアプローチするんです。
さらに、そんな感じで色んな女性に声をかけてて、適当に遊んでいるのに、誰も「あの人は最低だ」とかって感じで責めたりしないんです。
ちなみに口説き方はどんなのかは知らないのですが、勝手に想像するに「ええ、マキちゃん、今日、泊まっていこうよ~。絶対に何にもしないから。ホントに何にもしない。約束する」とかって感じで誘ってそうなんです。
それで思うのですが、あの「ダメな男性のタイプ」ってめったにいないんですよね。
なんでだろうと先日も考えていたら、彼(あるいは彼ら)は「すごくプライドが低い」んです。
普通の男性は、どんな人でもすごくプライドが高いんです。どれだけ仕事が出来なくても、遊んでいるタイプじゃなくても、みんなガチガチで、すごくプライドが高いんです。
だから、気に入った女性を食事に誘いたくても「断られたらどうしよう」ってグルグル考えちゃって、声をかけられないんです。
でも、その彼は別に断られたって、全然、プライドが傷つかないんです。
そしてプライドが低い証拠に、僕がお店で、彼がすごく酔って大声になったとき、「すいません。声がちょっと…」って注意しにいくと「うわ、ごめん。林くん、ホントごめんなさい。すいません。もうそろそろ迷惑かけないうちに帰るから。ごめんなさいね」ってすごく謝るんです。そういう時に、男性独特のプライドとかが全く出てこないんです。
で、何故、彼がモテる(というか綺麗な女性がOKを出す)のか、考えてみたのですが、その彼のプライドの低さというか、敷居の低さが女性にとっては心地良かったり、可愛かったりするんだと思うんです。僕が彼を注意すると、一緒にいる女性が「もう、ダメじゃない。酔っぱらい過ぎ」って感じでお母さんになっちゃうんです。
それで思ったのは、女性の特にすごく良い女とされる種類の人たちは「敷居が低い男性」の方が変な緊張感がないし、心地良いんだろうなあ、ってことです。
でも、あの境地に達するのって男としてすごく難しいとは思うのですが…

1,364 リアクション
reblogged via lovecake
~ 水曜日, 8月 27 ~
固定リンク
・”モテそう”はお世辞
・”カッコいい”はお世辞ではない、後者は本人の価値観で”カッコいい”から
・やっぱり清潔感と細身
・真面目”だけ”なのはダメ、絶対
・したい事と相手に受ける事は全く別
・男がいいと思ってても女の子には受けていない事が結構ある。逆もしかり。
・ダボダボな服装はダメ(清潔感がない)
・草食系は多数の女性には受けない
・男は黒髪ショートでも結構OK
・だけど同系のタイプが一番相性は良い(ギャルはギャル男とか)
・スーツを好きな女の子は結構多い(青山スーツは除く)
・女の子が相手を気に入るかどうかは容姿というより全体の雰囲気とキャラ
・愛想で笑ってるか、本当に笑ってるかは違う。それに気づくか気づかないかは凄い重要
・こちらに好意を持ってる女の子は表情が違う
・(上の続きで)更に好意あると女の子の目がキラキラする
・女の子はいう事はお世辞やウソが混じるが、非言語メッセージでは決して嘘は付かない
・よって好感度はゲームのように数値では見えないが大体は見えるようになる
・基本スキンシップは好き(ただしある程度のレベル以上の相手に限る)
・全員に好かれることは不可能だが、7割方の異性に好かれる像はある
・勢い”も”重要
・笑い”も”重要
・女の子は基本受け身の立場だという事
・場数を踏む事は重要
・イケメンは強い、だけど最強ではない。イケメンにも結構勝てる
・というか目の前で話してる時は基本二人なんだからイケメンどうこうよりも最後は総合的なキャラ
・押してダメなら引いてみる(ただしある程度好意を持たれている場合に限る)
・人間予想外の出来事はなかなか対処出来ない、よって(相手にとって)予想外の出来事を起こしてみる
・一度関係を持つと空気が変わる
・断るのは断る理由があるから、断る理由がない事を断ることはない(それでも断る場合は表面的に断っているだけ)
・”気が合う”というのは(ある程度のレベルを超えている相手でなおかつ)”気が合う”という意味
 レベルの低くて相手をしてもらえない人が”気が合う”相手を探しても見つかる事はまずない。レベルの高い人は気が合う相手はすぐに見つかる。という事
・女の子だってHはしたい、というかHは皆結構好き。(ただしある程度のレベル以上の相手に限る)
・かわいい子で処女とかマジありえないから(女子高出の子だと稀にいる)
・年齢差が10でもアリだと思う女の子がそこそこいる事
・Hに不満を持ってるけど相手には言えない女の子はかなり多い
・ナニはある程度大きい方がやっぱりいい。
・小指のサイズの男もやっぱりいるらしい。小指のイケメンもいるとのこと。

モテになってわかった事思った事を箇条書きにしてみた

(;゚∀゚)「非言語メッセージ」らへんは頷きまくって首がとれそうになった。「女の言葉は額面通りに受け取ってはいけない」ものだと認識しているが、言葉の裏にある非言語メッセージのほうは大抵「本音」や「本意」で、そこでウソをつく女はあまり居ない気がする。そこでウソをつくのは、たぶん恋愛がからんだ高レベルの空中戦だけだろう。

(via highlandvalley)


346 リアクション
reblogged via y2q-actionman
~ 月曜日, 8月 18 ~
固定リンク
固定リンク
おにぎり2万個の女子マネージャーの記事を読んで、架空の割烹着リケジョを作り上げた理研とそれを嬉々として報道し美談に仕立てあげたマスコミには共通の思考パターンがあるなぁ、と、つくづく思った。世のオジサン達はこの手のステレオタイプな良妻賢母に憧れ持ち過ぎ。

562 リアクション
reblogged via lovecake
~ 金曜日, 8月 15 ~
固定リンク

私のところへ来るアスリートに、必ずする質問があります。


1カ月後に大事な試合を控えていたとします。その試合までとにかくストイックに練習して、苦しんで試合に臨んだのに負けてしまうのと、1カ月間全く練習しないでその試合に勝つのと、どちらがいいですか?


この質問に対して、95%以上のアスリートは「ストイックに努力して負ける」を選びます。今回の事例として紹介するサッカー選手も前者を選びました。一見、何もしないで結果が出るなら、誰でもそちらを選びそうなものです。しかし、なぜほとんどのアスリートが前者を選ぶのかというと、そこに「依存」が起こっているからなのです。彼は試合で実力を発揮できず、控え選手に甘んじていましたが、原因はここにありました。

彼に後者を選んだ理由を聞くと、「何の努力もしないで試合に勝つことに罪悪感がある」と答えました。何の苦労や努力もしないで得た勝利には価値を感じられないと言います。彼は、苦しいことに対して前向きに努力することにこそ価値を感じていたのです。

日本人は苦労を好む傾向があります。特に何かで成功を収めるためには、「苦しい」「つらい」といったような感情を乗り越えなければいけないと考えます。それは日本人特有の「苦労の美学」からくるものです。「一生懸命努力することがいいことだ」「楽をしてはいけない」などがそうです。これらはほとんどの日本人が無意識に持っている美学で、彼もそう信じていました。

これは彼だけでなく、頑張っているのに結果に結びつかない人の多くにあてはまります。頑張っているものほど、楽をすることに自己否定感を覚えるため、いつの間にか苦しむことが当たり前になってしまうのです。


苦しい時ほど、苦しい状態に逃げ込もうとする心理


頑張っているのに結果が伴わず、なかなか自信が持てないときに、彼のような人は「苦しい状態の中で努力し続けている自分」を心の拠り所にしてしまいます。あなたも「今は結果が出ていないけれど、こんなに頑張っているんだから大丈夫!」と自分に言い聞かせてはいないでしょうか? しかし、心の拠り所が「頑張っていること」になってしまうと、苦しんで頑張ることをやめられなくなってしまうのです。これは頑張ることに対する「依存」です

依存とは何か他のものに頼っている状態のことを言いますが、「依存過多」になってしまうと、頼っているものを手放せなくなります。「頑張っている」ことに依存し、結果が出なくても苦しい中で頑張っている自分に価値を見出すと、結果的に苦しい状態を自分からつくりだしてしまいます。

仕事で全く結果が出ずに、上司からも怒られてばかりいる時、なぜか残業や休日出勤を繰り返していることはありませんか? それは、「頑張っている」ことに依存している状態かもしれません。結果が出ていないときほど、何か目の前の仕事に追われている方が気持ちが楽になります。

本人は一生懸命結果を出すために頑張っているつもりですが、それが結果に結びついていないのであれば、結局は自分の気持ちを楽にするための手段になってしまいます。


「依存過多」の悪循環から脱却する方法


「苦しいけど頑張っている自分」に依存してる場合、この悪循環から脱却するためには、自分自身が「依存している」ことに気づく必要があります。

先ほどのサッカー選手に話を戻します。さらに話を聞いていくと、彼は全てにおいてストイックというわけではありませんでした。そこで、苦しいことや嫌なことに対して、前向きに一生懸命取り組まなかった時に、罪悪感を覚えるものと覚えないものを書きだしてもらいました。


罪悪感を覚えるものの例:
・スポーツジムでのトレーニング
・監督から与えられた特別課題…など

罪悪感を覚えないものの例:
・奥さんに買い物を頼まれたとき
・サッカー以外の仕事…など


彼にとってそれほど重要でないものは、ストイックに取り組まなくても気になりません。しかし、頑張っているものほど、ストイックに取り組まないと罪悪感や自己否定感が生まれるのです。このようにストイックに取り組み、いつも苦しんでいないと心が不安定になるものは「依存」が起こっている証拠です。

仕事で同じような悪循環にハマってしまっている人は、同様の作業を行ってみてください。「苦しい」と感じないことに対して、罪悪感や自己否定感を覚えるものと、苦しまなくても自己肯定感を持って取り組めるものをそれぞれ書きだしてみましょう。

そして次に、苦しむことに依存を起こしているものがあれば、意識して「苦しみながら頑張ること」をやめてみてください。そうすることで、不安や焦り、罪悪感など様々なマイナスの感情が出てくると思います。しかし、そのような感情を持ったままでいることが重要です。これは「苦しみながら頑張ること」よりつらいかもしれませんが、結果が出ない悪循環を断ち切るためにはとても大切なことです。

サッカー選手の彼は、苦しむための練習をやめました。苦しむことがゴールになっている練習をしたい気持ちを我慢して、チームが勝つために今の自分がすぐにできることを考えて行動を始めると、1カ月後にはレギュラーに選ばれるようになりました。

このように、「依存」に気づき、それを断ち切ることで、結果を出すための本質に戻ることができるのです。



(森川陽太郎)


1,144 リアクション
reblogged via lovecake
~ 水曜日, 8月 6 ~
固定リンク
Oracleは最高の信頼性があるが価格はボッタクリである。一方、MicrosoftのSQL Serverは信頼性は微塵も無いが、価格は安い。

~ 火曜日, 8月 5 ~
固定リンク
~ 金曜日, 7月 18 ~
固定リンク